ロシア歴史紀行アルバム95-1

ヴィボルク


 2007年2月17日から18日にかけて訪問。
 サンクトペテルブルクから北西130キロの地点に位置し、フィンランド湾に面する古都・ヴィボルクは、ロシアとスウェーデン、フィンランドの間で揺れ動く激動の歴史をたどってきた。元来この地方はカレリア人の故地であったが、古くからスウェーデンとノヴゴロドの争奪戦の対象となり、最初にヴィボルクの基礎を築いたのはスウェーデン人であった(1293年)。スウェーデンは18世紀初頭までこの街を保持したものの、1710年にピョートル大帝がこれを奪取、以後1917年の革命に至るまでヴィボルクはロシアの都市であり続けた。また、1812年からはフィンランド大公国(ロシア帝国の構成体)に編入されている。
 ロシア革命後にフィンランドが独立を達成すると、ヴィボルク(フィンランド語ではヴィープリ)もその一部となり、ヘルシンキに次ぐ第2の都市として繁栄した。しかし、第2次世界大戦の結果としてヴィボルクを含むカレリア地方はソ連に割譲され、その後もロシア領のままとなっている。現在のヴィボルクは人口10万足らずの小さな街だが、スウェーデン時代以来の西欧的な街並みをよく残し、ロシアの他の地域とは一味違った趣が感じられる。


2月17日早朝のヴィボルク駅。まず夜行列車でモスクワからサンクトペテルブルクへ向かい、そこから更に朝の列車でヴィボルクまで移動した。


プラットフォームから見たヴィボルク駅の駅舎。


光の関係でちょっとピンボケてしまったが、駅舎の内部。


トイレの表示に注意されたい。ロシア語の上にフィンランド語が書かれている。ヴィボルクではロシア語・フィンランド語の並記が珍しくなく、現在でもフィンランドとの結びつきが強い街であるようだ。


ヴィボルク市全図。市街地の大部分は左上に向かって突き出した半島上に展開しているが、その半島と対岸の真ん中に浮かぶ小さな島にもご注目。13世紀にスウェーデン人が築き、ヴィボルクの基礎となった城はこの島の上にある。

(07.09.10更新)


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