リゾポロジェンスキー修道院

  スーズダリのほぼ中心部に位置する女子修道院。本によってはリズポロジェンスキー修道院と表記されている。創建年代も1136年・1207年と2通りの説が示されているが、いずれにしても非常に古い歴史を持つことは間違いない。多くの建築物が残り、スーズダリ観光における目玉の1つと言っていいだろう。

 他の修道院と同じく、リゾポロジェンスキーもまた周囲を頑丈な塀に囲まれている。ただし高さとしてはそれほどのものでもなく、また城壁風の作りではなかった(射手用の回廊など、防御用の設備を欠く)。もともと要塞としての機能を持っていなかったのか、あるいは近代以降にそう改築されたのかは定かでない。また、メインストリートであるレーニン通りに面した東側、あるいは南側の塀は比較的よく保存されているのに対し、裏手にあたる西側では朽ち果てた部分が多かった。
 リゾポロジェンスキー修道院に入るためには、2つの大きな門がある(他にも入り口はあると思うが)。まず、南口にあたる聖なる門。1688年に創建されたもので、大小2つのアーチ型通路が並び、その上に2つの尖塔がそびえ立つという印象的なスタイルである。おそらく、伝統的なスラヴ建築を踏襲したものと思われる。スーズダリでも特に有名な建築物の1つで、種々のガイドブックなどでもよく紹介される。もう1つ、西側に位置するのがプレポドベンスカヤ鐘楼で、鐘楼といってもその下部がアーチ型の通用門となっている。ナポレオンへの勝利を記念して1813年から19年にかけて建設された由。古式床しい聖なる門に対し、こちらはヨーロッパ風の建築様式を用いており、全く異なる形状となっていて興味深い。一口にロシアの教会建築といっても、時代により様々な形を取っているわけだ。また、プレポドベンスカヤ鐘楼は町の中心である「赤の広場」に対面しているため、アーチの向こうにレーニン像が見えるのが何とはなしに面白い。

 修道院の中で中心的な位置を占めているのがリゾポロジェンスキー聖堂である。玄関口の堂々たるプレポドベンスカヤ鐘楼に比べても、意外なほどに小さいという印象を受ける。残念ながら我々が訪れたときは修復中で、中に入って詳しく見学することができなかった。興味深かったのが丸屋根で、ロシアの大部分の教会と違って玉ねぎ状をなしてはおらず、ふくらみ方が控え目である。教会の丸屋根を玉ねぎ型にふくらませるのはロシア独自のスタイルであるらしく、キリスト教が伝わった当初の建築ではまだそれほど採用されていない(丸屋根の形がビザンツの聖堂に近い)。リゾポロジェンスキー聖堂は1560年の創建だが、時代のわりには古風な屋根の形を採用しているわけだ。
 かつては修道院の敷地内に、この他にもう一つ別の聖堂があったらしい。しかし20世紀に入ってから破壊され、今に至るまで再建されていない。全体として、修道院の中に入ってしまうと、敷地の広さのわりに見所は少ないという印象を受ける。

 
 …本当は、これだけで訪問記を終えることができればよかったのだが。
 ロシアで出ているガイドブックには、この修道院が「嘆かわしい状態にある」と書かれている。残念ながら、実物を見た限りではその通りだと言わざるを得ない。ただし、風紀が乱れているとかそういうわけではなく、単に荒れ果ててぼろっちくなった建物が多いのである。
 まずはこの修道院の「顔」であるべき聖なる門にしてからが、ところどころ漆喰が剥がれ落ち、屋根には得体の知れぬ植物が生い茂っている有様(右写真参照)。もう一つの玄関口であるプレポドベンスカヤ鐘楼もくたびれた感じがする。この2つの門を含む修道院外壁には、全体に傷みや落書きが目立っていた。
 最もひどい有様だったのが、鐘楼脇のトラペザ(修道院の食堂)と見られる建物。窓から覗くと、内部は一様に黒焦げの惨状を呈しており、レンガの壁も恐ろしく朽ちている。時期は不明だが、火災にあってそのまま再建されていないものらしい。
 
 後で述べるスパソ・エフフーィミエフ修道院などに比べると、リゾポロジェンスキーはあまり観光化されておらず(入場料を求められることもない)、「現役の」修道院としての性格が強い。そのせいか、財政面ではあまり恵まれていないように思われる。そもそも、修道女たちはどのようにして収入を得ているのか?これだけ小さな町に教会だけは過密状態で、お布施もそんなには期待できないだろう。
 おそらくは、昔ながらの土地経営(農業)がメインなのだと思う。クレムリ近くの牧草地では、身の丈ほどもある鎌で草刈りをする修道女の姿が見られたし、修道院の敷地内でも一人の修道女が山羊の群を追って歩いていた。こうした伝統的な労働スタイルは、魂の救いを求める生活にはふさわしいものかもしれないが、今のご時世でリゾポロジェンスキーのような巨大修道院を維持できるものだろうか?もうちょっと、正教会なり国なりが考えてやらないと。素朴な生活を送りつつ、これだけの文化遺産を守らなければならない修道女たちが気の毒なようにも思う。

 こうした財政問題解決のためかどうかは分からないが、リゾポロジェンスキー修道院はホテルを経営している。と言っても、大層なものではない。修道院内の一角にある古いレンガ作りの建物を、観光客用に開放しているだけの話である。もともと何に使っていたのか不明だが、ひょっとすると昔から参拝客用の宿坊だったのかもしれぬ。
 値段はかなり安い分だけ、設備もそれに応じたものしかない。何より、お湯が出ないのには参った。それでも、旅の一夜をすごすには何の問題もない宿だと思うので、スーズダリにお越しの際には利用してみてはいかがだろうか。修道院へのささやかな寄進にもなるだろうし。

(03.04.24)


ロシア歴史紀行へ戻る

ロシア史のページへ戻る

ホームページへ戻る