武士考T
  過去、武士の成立には中世社会成立史との関わり合いから彼らの「在地領主」的
 な側面しか見ずに行なわれてきました。
  それはまぁ、その基礎となっている経済構造や農民・村落支配の問題を解決はし
 て来ましたけど、しかしながらこれらの認識によって武士=在地領主という図式が
 固定化し、武士の特定の身分・職能に即した成立発展史が検討されなかったという
 事もあったようです。
  武士というのはあくまでも馬上からの射芸、すなわち「弓馬の芸」=騎射という
 特殊な戦闘技術を身につけた一種の芸能者であり、「職業的な弓射騎兵の戦士」な
 呼称なのです。ですからただ単に武装しているからと云っても誰もが武士と呼ばれ
 なかったんですね。
  それでは職能的な武士の成立はどのように見れば良いのかというと・・・
  九世紀頃より弓馬で武装した浮浪的反逆集団である群党(党類)の蜂起が大規模+
 組織的に展開した為に朝廷に於いても対応に迫られ、これらの群党の機動性に対応
 する意味で群党と同じ党的構造を持つ軽装の弓射騎兵の軍事集団を編成し、これら
 を「諸家兵士」「諸国兵士」として動員する体制が生まれます。
  ですからこの王朝国家や各国国衙によって動員される党的軍事集団こそ、中世的
 武士の成立をもたらすものでした。
  武士は、九世紀から狩猟民集団から組織された弓馬の精兵を源流に持ち、十世紀
 に編成された弓射騎兵の党的軍事集団を直接の前提として、王朝国家・諸国衙の軍
 事警察機構と不可分の関係を持って登場します。

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