さて仏教が伝来して支配層に仏教の本質が理解されるのに時間はかかりません でした。そうして国家的プロジェクトとして仏教は鎮護国家の宗教として取り込 まれ多くの寺院が建造されたのです。 そして朝廷の支配層が私有・支配の欲などの業罪からのがれる為にとられた手 段の一つが神宮寺と云えます。 神の名の下、共同的なものとして支配していた自分たちの罪を神の声として神 が「長い時間をかけて私は罪業をなしてしまい、神道から外れ、報いを受ける事 となってしまった。この苦しみから脱出するために神の席より離れ仏教に走りた いと思う」的なお告げがあったとして、神社に神宮寺と云う神を菩薩などとして 祭る寺が出来る訳です。 朝廷ではこれらが早めに行なわれていましたが、豪族内では遅れ、自分たちの 支配体制の強化的な意味合を持って神宮寺創設となりました。 この時点で仏教は神祇信仰と融合していくのです。