花押話で調べて判明してきた事をちと・・・ 花押が 「御元服以前の間、御判形に及ばず候」 とあるように成人以後にしか記す事が出来ないものであり、また、元服は社会人 として人格の認定であり、訴訟の権利も元服によって生じてくるように人格を表す 花押は元服を行うと共に「判始の式」という儀式を経過してから有る意味では公表 する事が解りました。 例えば現在調べている兼実卿の場合、学問の師である清原頼業から説明を受けた と考えられます。 で、花押の系統と言うのが生まれるのは武家の時代からのようです。 例えば北条一門だと時政系花押か義時系花押にまず分類される事が出来、足利一 門だと尊氏の花押をまねて将軍家と関東公方とで系統が別れているようです。 まぁ戦国時代以降では尚一層の印章化が進んで、また偽物の対策として何種類も 花押を変化される人も出てきたようです。 (確か織田信長は十何種類かを変化させたようです) 本題の判始の式がいつ頃から始まったのか、行う時期は元服と同じなのかという 事が次のテーマですね。