08.情報
古記録では多種多様な記事が記載されています。しかし、記主本人が総ての事項
に参加した訳ではなく、ある種の伝達を等して記録をつけられるのです。
兼実の情報収集においても同様で、玉葉に実名で記載される情報と無記名で記さ
れる情報がありました。
無記名の情報には「或人云」・「人伝云」・「風聞」の三形態があります。
・「或人云」型情報
「或人」とは例えば、後白河院周辺の冷泉局のように院・天皇・平氏などの周辺
にいて兼実とは公式につながりを持たない(もしくはつながりを持てない)人物であ
るにも関わらず兼実に何らかの情報をもたらす人の事です。
公式情報では無いからこそ逆に院の感情や清盛の私的スケジュールなどの公式ル
ートでは到底知る由もない内容を含み、兼実には不可欠な情報網でした。
ただし、兼実が摂関の位に近付くに連れて、それらの立場によって情報の獲得が
容易に出来るようになり「或人云」型は減少していきます。
・「人伝云」型情報
「人」とは例えば、源兼親のような兼実家司が伝える情報で、王朝貴族の一員と
しての九条家に伝えられる情報或は個人的友誼関係に基づく情報などが伝えられま
した。
貴族間の連絡や院崩御の連絡などはこの情報によってもたらされ、摂関の位に就
くと、現実方法としては職事家司を介しても、蔵人や弁官など情報源そのものの名
が記されるようになりこの「人伝云」型は減少して行きました。
・「風聞」型情報
世間に流布している風説を兼実が伝達するという形で情報となったものです。
「風聞」型情報の中には何らかの事情で明かせない真実が風説として流布してい
るもの、時には権力者への不信感の表現として広まったもの、「渡世」の方法とし
たある特定の人物によって捏造されたものなど多種多様です。
これらの風説は「京童」などの間に流布し、中原有安などの仲介者などによって
兼実など貴族の許へもたらされました。
中原有安はその楽人としての技能によって後白河院・平清盛・天台座主から京童
まで幅広い階層との接触を持ちその各層で語られる「風聞」を兼実の許で語ったの
です。
これら無記名の情報や記名の情報は対立的なものではなく、それぞれが重層的・
多次元的に存在していたといえます。
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