1.前記
九条家とは五摂家の一つ。その九条家及びその支流たる二条家・一条家の祖が
藤原兼実(号九条・月輪・後法住寺。以降は九条兼実で統一)です。
九条兼実の生きた時代はまさに古代から中世へとの転換期にあたり、保元の乱
(八歳)・平治の乱(十一歳)・平清盛のクーデター(三一歳)・平家滅亡(三七歳)源頼朝
征夷大将軍補任(四四歳)と教科書に太字として記載されている大事件・項目の連続
です。
その中で永きに渡り右大臣として冷静に、また客観的に政局を傍観し最終的に
源頼朝との協力関係の構築による摂政・関白・太政大臣として廟堂を握り、やがて
源通親(通称・土御門通親)一派に失脚を余儀なくされ失意の晩年を送りました。
九条兼実の一生は実に波乱に満ちたものです。この波乱に満ちた人生を送った
九条兼実が日記として記し、現在にも中世史の研究に多大なる恩恵を与え続けて
いるものが「玉葉」(一名・玉海)であり、この本は九条兼実の人物像を浮上らせる
と共に玉葉を解説・注釈し古代中世史の一端を垣間見て貰おうと云う主旨の下、作
成されたページです。
それではこれより永きに渡りお付き合い下さい。
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