[ スクラブル(SCRABBLE) ] [ ことば遊び ] [ ダブレット(DOUBLET) ] [ たほいや ] [ HOME ]

涙の神戸遠征記
- 神戸スクラブル大会・第1回五竜陣日本選手権レポート -

 これは、去る1998年5月23日(土)の神戸スクラブル大会と、翌24日(日)の第1回五竜陣日本選手権の双方に参加するという無謀、じゃなくて偉業をやってのけた男達の、多分に脚色を交えたリポートである。

 そもそも5月23日に神戸でスクラブル大会が開かれると聞いたのは4月末、5月5日の国際ゲームパーティーを控えて多忙な時期であった。
 関西初の2人ゲームの開催、初級者からベテランまで多数参加、関西に加え東京・徳島・福岡とも折衝中とあっては、かねてからホームページ等でスクラブルの普及に努める私が行かねば名折れであると思い、2つ返事で参加表明した。
 しかしよくよく考えてみれば、翌日は新宿「宇宙」で第1回五竜陣全日本日本選手権の日。五竜陣作者の内橋さんには日頃お世話になっているので、これにも参加したいのは山々である。しかし、体は二つないし、どのみち日本選手権には出場権を得ないと行けないので、まあ五竜陣の方は参加できないのは仕方ないかと軽く考えていた。
 4月29日は五竜陣全日本日本選手権の最終予選である武蔵野五竜陣大会。そういう事情でもあるから、自分自身覇気がない。当たり障りのない4勝4敗で決勝には進めず。よし、これで2日連続の大会参加は避けられたと安堵したのだが……。
 表彰式で内橋さん曰く「皆さんの頑張りを見ていると線を引けなくなりました。全員に全日本日本選手権の出場資格を与えます」。おいおい。しかも直接「山崎さん無理してくださいませんか」の攻撃。内橋さんの人格を知る者として、お願いパワーにあえなく撃沈されてしまう。仕方なく悲壮な覚悟を決めた。

 そして迎えた5月22日(金)。万年金欠の身としては、新幹線であれ飛行機であれ片道12,500円の旅費は痛すぎる。そこで夜行高速バスの往復割引を思い付く。これなら15,600円で往復できるのである。職場の吉祥寺から東京駅へ直行してドリーム神戸号に乗り込んだ。三宮到着は翌日7:30の予定。車中泊はけっこう得意なので、まあ5時間程度は寝られるかな。
 翌朝6:20。三宮駅に着いてしまう。おいおいもっと寝かせてくれ。実は冷房が寒くて車中であまり寝られていない。繰り言を言っても仕方ないので降りて朝食。
 神戸スクラブル大会は13:00からなので6時間以上の暇がある。大阪在住の友人を呼んで暇つぶしする計画だったが、時間が予想外に余った上眠いので、こっちから大阪に出向くことにする。わざと新快速でなく各駅に乗り、車内でひたすら眠る。
 再度三宮に戻るが、まだちょっと時間があるので、三宮センター街をうろつくことにする。ここは震災でかなりの被害を受けたところで、その復興ぶりに感慨深いが、やはりまだ建設中のビルや空き地もあったりした。つれづれにジュンク堂書店・東急ハンズ・T-ZONE・アニメイトなど物色する。どの店も池袋か新宿にあるのだが、それは言わない約束である。T-ZONEでマザーボードを衝動買いしそうになるが、旅先なので懸命にこらえる。秋葉原だったら買っていただろう。

 開始時刻が近いので会場の神戸国際コミュニティセンターへ。それらしいビルがないが、よく見るとショッピングビルの上にあるらしい。しかもそのショッピングビルはダイエーと2階で繋がっている。これも震災の後立て直したからできた構造なんだろう。
 神戸国際コミュニティセンター(KICC)は、外国人の相談窓口と相互交流テーブルを併設した市営の組織で、多くの人で賑わい、また多数の催し物を開催していた。東京にもこんな施設があれば、盤友引力の目標である国際交流は簡単にできるのにと考えながら会場入りする。東京からは中居さんと田中洋氏が相次いで見え、また関西スクラブルクラブの黒田氏、ワロドムさん、白崎君など知り合いも続々と来場。しかし知らない顔が圧倒的に多い。この大会はスクラブルという「ゲーム」が主体でなく「国際交流」が主旨なのだと十分にわからせる顔ぶれであった。
 大会は競技的な2人ゲームと、初級者用の4人ゲームの2つのコースに分かれた。会場側が我々2人ゲーム参加者を「プロ」と呼ぶのには閉口しつつ準備。スクラブル普及をしようと、頼まれずに持ってきたパンフレット・ルール・単語リスト・模造紙などを設置しまくる。
 2人ゲームは参加者10人であった。上で述べた5人に私、それと初対面の外国人4人。4人ゲームは20人ほどで賑わっている。外国人も多く、スハルト前大統領のような帽子をかぶった人もいた。これだけの参加者を東京でも集めたいと思いながらゲームに突入。
 緒戦の相手はJ.J.というマレーシアの精悍な男性。黒田氏によれば、マレーシアのチャンピオンに勝ったこともあり、奥さんは韓国の方だそうだ。それを言えばまあ私だって日本チャンピオンに勝ったことがあるんだが、強敵であるのには違いない。ゲーム開始。先行の私の初手はCILL。ここで一瞬固まる。点数を英語で言わないといけない。実際の会話の会話のほうはからきし駄目な私は、この点数12点をtwelveと言うのにも努力を要するのだ。これは大変な精神的ハンデである。その後、序盤でJ.J.が先にRAVINESのビンゴ(7枚の手ゴマをすべて一度に使い切りボーナス点を得るプレイ)で75点を取ってリード。こっちがそのNを使ってQUINTを作り48点を取り返したところ、先方からチャレンジ(相手の単語が実際にあるかどうか辞書で調べるダウト要求)がかかる。いつも通り挙手して「Challange!」と叫ぶ。……反応がない。再度叫ぶ。実行委員長がこちらをきょとんとして見ている。どうも辞書チェックが必要なことを知らないらしい。こっちが指導してたどたどしくもチェックをしてもらう。どちらが主催者か分からないが、微笑ましくもある。
 結局このゲームはQUINT(48点)に加え、WAKF(54点)、TRYE(33点)、TIRINGS(75点)などの私が作ってチャレンジされた単語がすべて認められて食らい付くが、序盤でJ.J.のインチキビンゴAWAKERS(76点)をチャレンジしなかったのが最後まで響いて競り負け。でもいい試合であった。
 2戦目はShallyさんというアメリカの女性。外国語学校に勤めているらしい。彼女を含め、テーブルの片側には3人の白人女性がずらり並び、反対側には私と田中洋・白崎という興味深い構図となった。ゲーム開始。彼女はSCRABBLEは初心者のようで安い手しか打ってこない。こっちも外交辞令で手加減しながら進める。
 そのうちに隣の田中洋がZOという単語を作った。相手の女性が意味を尋ねる。するとこっちにお鉢が回ってきた。おいおい勘弁してくれと思いながらも"Hybrid of yak and cow."(ヤクと牛の混血)と説明して事無きを得る。冷や汗。しかし、自分が無意識で作ったRUCに、Shallyさんの容赦ない質問が飛ぶ。"What's it mean?" "……" そう、実はスクラブルプレーヤーは意味を知らずに単語を作っていることが多い。答えに窮してしまう(ちなみにRUCの意味はROCと同じで、伝説の巨鳥ロック鳥である)。そこに隣の白崎君から容赦ない冷やかしが入る。 "He is professional to make such word!" あう。それに対し"Far from it! No kidding ... Oh,come on! "と記憶の底からありったけの否定の言葉を紡ぐのであった。敵は間違いなく他にいる。
 3回戦。相手は先ほど舌戦を繰り広げた白崎君である。この2人の対戦はスクラブルにあるまじき賑やかさだと桑原氏が表現する通り、序盤から応酬が始まる。先方の初手AIRに、こっちがJUN(北朝鮮の通貨単位)を作り、同時にAIRN(IRONの方言表記)で30点。白崎君が「ほら山崎さんえげつないんだから」。しばらくして白崎君がARANEID(クモ属)のビンゴ。「どっちがえげつないんじゃ」と反撃する。試合はその後、こっちがSAZ/CANDLES/YAの47点からMODE/YAM/ZOの40点への連続攻撃で逆転して勝利。ちなみに、この手順は相手の単語をチャレンジした際にキーとなるOを持っていないと知っての手で、正直なところ、かなりえげつない
 というわけで3回戦終了し結果発表。3回戦では物足りなさも残るが仕方ない。「プロ部門」の優勝は関西の黒田氏となった。これが変な決め方で、総得点と点差で決めているため、唯一3連勝の中居さんが5位という気の毒な結果となった。私は2勝1敗で4位であったが、Shallyさんに手加減した挙げ句相手の10分以上のタイムオーバーを敢えて減点しなかったので、本来はもっと上であろう。まあ、勝敗目的で来たのではないからよしとしたが、この辺のシステムには考慮の余地を感じた。

 そんなわけで神戸大会も何とか終了で安心。……とは行かないのである。そのまま五竜陣大会に備えて夜行バスで帰京しないといけない。まだ私はいいほうで、雀荘の深夜メンバーである田中洋氏は、夜勤→新幹線→土曜に神戸大会→新幹線→夜勤→日曜に五竜陣大会→夜勤という壮絶なスケジュールなのである。これには頭を下げるしかない。
 ここに更なる被害者がいた。我が宿敵(笑)白崎君である。京都人の彼はいつの間にか五竜陣大会への参加が決まっており、逆に神戸大会後に夜行バスで上京しないといけないのである。本人曰く「まさか参加者資格名簿に名前が載っていて、しかも内橋さんから直接メールが届くとは思わなかった」そうである。内橋さんのお願いパワー強し。彼はまだ、4月29日にハードスケジュールが決定した私と田中洋氏が自棄になり「こうなったら白崎君を巻き込んでやろう」と共謀した事実を知らない……。

 そんなわけで、再び夜行バスで翌朝6:30に東京駅に戻る。さすがに車中は寝とおしたが、とにかく冷房がきついので直りかけの風邪が悪化している。一度帰宅し、飯と風呂だけ済ませてコスモへ出陣。
 記念すべき第1回五竜陣大会は30名を集める大盛況で、店内はごった返していた。顔ぶれも老若男女幅広い。五竜陣というゲームはつくづく偉大である。
 程なく組み合わせが発表され1回戦開始。相手はまたしても白崎君である。なぜ。さすがに双方疲れもあり、舌戦のない普通の戦いになった。結果は時間に追われた私が最後にL字を横に置いたのが間違いで負け。縦に置けば勝ちであった。京都の仇を江戸で返される結果と相成った。
 2回戦は関東選手権優勝のおなじみ桑原氏である。この大会はスイス方式だと聞いていたので、こっちは1回戦負けなのになんでそんな組み合わせになるのだろうと思いながらプレイ。当然負ける。後で勝原氏に聞くと「あれが唯一の間違いだった」「……。」
 かくして幸先の悪いスタートから、その後は3連勝して帳尻を合わせて6回戦目。この大会では6回戦で4勝以上したものだけが7回戦に進める。つまり勝てば決勝ラウンドである。しかし、体力的に限界だし、決勝ラウンドはビデオ撮影もしたい。加えて相手は最年少出場者かもしれない浦上兄弟の弟さんである。彼が内藤さんに負けて泣いたとか小耳に挟んだ私としては、ここで選ぶべき道はひとつしかない。……大人のずるい打算によって、またしても最終成績は当たり障りのない3勝3敗であった。
 決勝ラウンドには1敗の4人を含む10人が進んだ。よく見ると白崎君も残っている。結局、直接対決で敗れた酒井さんを除く桑原・南雲・山口の3名が1敗で並び、桑原氏の五竜陣史史上最大の大ポカや勝原氏の時間切れなどで、運も味方につけた山口竜太郎さんの優勝に終わった。

 この後も九龍の酒宴に行って宮本・塩瀬両氏の乱痴気騒ぎを見たり、いつのまにか盤友の役員扱いされて打ち合わせに参加したりで、帰宅した頃には日付は月曜日であった。最後はへろへろ。とにもかくにもゲーム漬けの足掛け3日。貴重な経験であったことだけは間違いないだろう。

東京スクラブルクラブ 山崎 達也
yamazaki@toride.com

[ スクラブルのページ ] [ トップ ] [ e-mail ]