日向太郎通良懸頚事
(ひゅうがのたろうみちよしくびをかくること)
平治元年のころに、肥後国の日向太郎通良が乱を起こした。勅命を受けた清盛は筑後守平家貞に追討を命じだ。永暦元年4月に通良も含む335人を討ち取り、奏聞した。
同年5月15日に通良及び子息通秀、親良合計7つの首実験が行われ、家貞は馬上から首を読み上げた。その後七条河原で首は検非違使に渡され、大路を過ぎて獄門の木に掛けられた。
この功により、同年6月3日に頼盛が従四位上に、清盛が太宰大弐、正三位に叙せられた。
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