成親望大将事
(なりちかたいしょうをのぞむこと)
内大臣左大将であった藤原(妙音院)入道師長が太政大臣を狙うために大将を辞任なさった。
「次の大将は藤原(徳大寺)実定卿がなるのが道理でしょう、もしくは摂政基房殿の御子息三位中将師家などがおなりになるだろう」
などと言っている内に、新大納言藤原家成卿が強くお望みになった。家成卿は後白河法皇のお気に入りでもあったので、内に外にと希望の旨を触れ回った上に、諸寺諸社に様々な大願をお立て申し上げる。
大納言成親卿は御自ら春日大社に七日間篭られたが、さしたる霊験もなかったので、尊い僧侶を八幡社に篭めて真読大般若(般若経を一字一句読み進めること)を始めなさった。真読が半分ほどになった時、側にある高良大明神の前の橘の木に山鳩が二羽現われてお互いを食い合って落ちて死んだ。
「鳩は八幡大菩薩の第一の使者だ、これは、ただ事でないぞ」
ということで、八幡の当時の別当聖聖(しょうせい)がこれを天皇に奏上した。すぐに
神祇官が占ったところ、
「天子や大臣の慎むことではありません。臣下のものの怪異でございます。」
と申し上げた。成親卿はこれにも恐れず、更に上賀茂社に仁和寺の俊堯法印を篭めさせて孔雀経の法を行った。下賀茂社には三室戸の法印が篭って蔡吉尼の法を行う。そして満願になった七日目、晴れた空がにわかに曇り、雷鳴が響き、風雨が襲ったりして天地が二時間にわたって振動し、下賀茂社の宝殿の後ろにあった杉に落雷して燃えた。落雷の火は移らないと言い伝えられていたが、この火は若宮に移って社が焼け落ちてしまった。神は非礼をお受けにならないということであるから、成親卿が分を越えた事を祈ったのでこのような不思議な事も起きたのである。それでも大納言は、
「僧もお祈りもいいかげんであったので神もお咎めになったのだ」
として、自ら七日間精進して下加茂社に篭り、「所願成就」と祈った。そして七日目の黄昏時に夢かうつつか赤い衣の官人が二人来て、大納言の左右の手を引っ張り、社の白州に引き落とした。
「これはどうしたこと!」と思った所に、大明神が御殿の扉をお開きになり、
桜花 賀茂の河風 恨むなよ 散をばわれも えこそとゝめね
と高らかに大納言の耳に聞こえたので流石の大納言も身にしみて恐ろしくなって大将の所望はやんでしまった。
遠い他国を見れば、印度の斑足王の臣下の、かむえむかしうは大臣の位を天に祈って雷に撃たれて死んだ。近く我が日本では、星御門の臣下に、日唯季道は三公に昇ろうとして日吉山王大社に祈り申し上げたところ、神に罰せられて亡くなったという。よこしまな事を神祇に持ち込むのは良くないということなので、このような事が起こったのであろう。
今回のキーワード:
前に戻る
巻三の表紙に戻る
続きを読む