法皇熊野山那智山御参詣事
(ほうおうくまのさんなちさんごさんけいのこと)
後白河法皇は出家の思い出に熊野にお参りになり、本宮・新宮・那智の熊野三山を巡礼した後、滝壷に卒塔婆を立てられた。「智証門人阿闍梨瀧雲坊の行眞」と銘文には書かれた。法皇ほどではない人が三井寺の流れを汲むのでも嬉しいのに、昔は一天の聖主、今は熊野三山の行人となり、御宸筆の卒塔婆の銘、三井の流れの修験の人…法皇はそのように嬉しく思ったであろう。書き伝えられた水茎の跡は、今日まで通ることはない。
昔は平城法皇がこの地に御幸なされたことが『那智山日記』にとどまり、近くでは花山法皇が参詣され、滝壷に三年千日の行を創められた。今に至るまで「六十人の山篭り」と言って、都会・田舎を問わず修行者が集まって難行苦行をするということだ。
この花山法皇の修行中に様々な奇特が顕れたのだが、中でも、龍神が現われて、如意宝珠。水晶の念珠、九穴の鮑貝を献上した。花山法皇は供養をなされて、「末代行者の為に」として、宝珠を洞窟の中に納められ、念珠は千手堂の部屋に納められて、今日まで、先達(熊野三山の徒)が守ってきた。そして鮑は一の滝壷に放たれたという。
後白河法皇が御幸されたとき、この鮑を見るために海人を召して滝壷に潜らせた所、海人は、「貝は傘の大きさぐらいだ」と報告した。身分が高い人も低い人も参詣した人々はみな、「すべての願が叶うことは如意宝珠の御利益である。瀧の水を身に触れれば命が長くなるのはこの鮑のおかげだぞ」と言い伝えた。
花山法皇が御篭りになったとき、天狗が様々に修行の妨害をしたので、陰陽博士の安倍晴明を呼び、この事を仰せになった所、晴明は「狩籠の岩屋(かりこのいわや)」という所でたくさんの魔の類を祭った。那智の行者は修行の怠りがある時はこの天狗が怒って襲っているのだ、と語り伝えた。
今回のキーワード:如意宝珠…如意宝珠は仏法の象徴として、三熱に苦しむ龍がその癒しのために所持することを熱望しました。如意宝珠に関しては『渓嵐拾葉集』に詳しく描かれ、阿部泰郎氏「『大職冠』の成立」や、田中貴子氏『外法と愛法の中世』(砂子屋書房)で言及されています。
天狗…天狗は仏法を妨げる存在としてしばしば登場します。本文中にあるように、特に僧侶が高慢になったりして懈怠をすると、人々は天狗が乗り移ったとか、天狗道に墜ちたとか言いました。
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