覚一本
(かくいちぼん…最も有名な琵琶法師の権威書)


応安四年(1371)年成立。琵琶法師のリーダー明石殿覚一検校が、死の三ヶ月前に後世に伝承上の論争が起きないために証本として作らせた本。秘本の筈でありましたが、覚一の弟子定一が書写したものを、その弟子塩小路慶一が足利義満に献上しています。これはそれまで中院流の村上源氏のもとに活動していた琵琶法師たちが新たな権威を求めての行為だったといわれております。

この様な経緯のせいか、この本には平家物語の正当なる本としての権威がつき、現在にいたっても、最も読まれて、平家物語といえば殆どがこの本を指すようになりました。全12巻+灌頂巻。ただし、覚一検校が口述筆記させた本は現存しておらず、写本が残るのみです。その写本も、高野本・龍谷大学本・寂光院本・竜門文庫本・高良神社本など、ヴァリエーションがあって微妙にちがいます。 

この本の最大の特徴は灌頂巻を独立させたことに有るでしょう。灌頂巻は平家物語の大きなテーマの一つである「平家鎮魂」を特化させることに成功しています。それはこの巻の中で建礼門院をして「先帝聖霊、一門亡魂、成等正覚、頓証菩提」と言わしめているところから理解できるでしょう。

また、この灌頂巻は当道(琵琶法師の座)の中で秘曲中の秘曲とされていました。

●入手の仕方

世に出ている平家物語の類はたいてい覚一本関連なので入手は極めて簡単 です。論文には岩波の古典文学体系(龍谷大学本)が使用される事が多いです。ただし旧版の渥美かをる氏の説は現在では反駁されているので注意が必要です。

講談社学術文庫版(高野本)のは手軽さと現代語訳付きということで初心者にピッタリです。でもこの文庫は文庫のくせにけっこうするので(1冊1000円弱)読み進めて全12巻買うと1万円ぐらいかかってしまって、結局古本屋で1000から3000程度で買える岩波の体系本よりもずいぶんとかかっったりします。それに、この本の解説は訳者の主観が強く冗長になりがちで、辟易する部分があるかもしれません。



●高野本について

 覚一本のなかで尤も本文がしっかりして、なおかつ美しいと思うのが、先に紹介した高野本です。高野本というなまえから、高野山に伝わった本だと思う方は結構いるそうですがそうではなく高野辰之氏が所蔵していた所に由来します。だから「こうやぼん」ではなく「たかのぼん」ですね。ただ、高野氏の家に伝わった物ではなく、氏が昭和三年に大村伯爵旧蔵のものを書肆から購入したもので、氏の没後は東大国語研究室に寄贈されたので、高野本というのは少しおかしいかもしれません。

 覚一本の諸本では、「祇王」・「小宰相」の章段を持つ高野本・西教寺本・龍門文庫本とそれを持たない龍谷大学本・高良本・寂光院本の二つに分類できます。また、龍門文庫本には、他本が持たない「高野御幸」の章段を持ちます。この章段は「宗論」とも呼ばれ、「剣」「鏡」と共に、大秘事なる章段として扱われました。
 高野本の書写年代については不明ですが、慶長ごろの書写とする説があります。また「小宰相」に関して、高野本は「以他本書入」とあることから、同章段が無い、龍大本などより遅れて書写されたものと思われます。

 書写状態に関して。初めに目録を並べ、本文は章段ごとに改行することなく一続きの文章しています。章段変更部分では行頭に小さく章段名が付され、改段相当部分には○印がついています。なお、幾つかの章段には朱で○がついているが、両者にどのような区別があるのかは分かっていません。
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