四部合戦状本
(しぶかっせんじょうほん…分類困難な謎の真名本)


真名本(漢文)で書かれた平家物語です。その為、以前は古態を有するとみられてきましたが、土佐坊昌俊を室町物語や謡曲で出てくる「昌尊」の名前で登場することや巻五の頼朝の挙兵において、唐突に話が登場し、明らかに延慶本や長門本に見られるような内容を削除していること、また、重衡が奈良に護送される場面では、屋代本や覚一本を混同して取り入れていることなどから、いまではその説は否定されて、和文を無理矢理漢文に書き直したものだとみられています。中世において漢字は一種のステータスとみなされ、その影響を受けて真名で書かれたのでしょう。奥書には文安3年(1446)および文安4年の年号がみえます。全12巻に灌頂巻が付属しております。(欠巻あり)

ちなみに正式タイトルは『四部合戦状第三番闘諍』といいまして、『保元物語』を第一部、『平治物語』を第二部にして、これは第三部の合戦ものですよ、という意味の当道(琵琶法師の一座)の伝承用語です。ちなみに第四部は承久の乱を描いたものだったと予想されています。ここから、平家物語が元は『平治物語』などと同じく3巻本で、清盛の一代記(仮称『治承物語』)を描いたものであり、増補されて延慶本の6巻になったと推測する学者が多いです。

しかし、読み本系であるのに、先に述べましたようにこの本には覚一本を始めとした多くの語り本系の諸本に見られるように、灌頂巻が独立していることと、その正式タイトルが当道の伝承用語であることは注目すべき点で、他の本が「竜華越」としているところを「橘越」と書写してあること、つまりタツハナ…タチハナといった誤写の過程を想起させることも含めて、この書が口述筆写されたものであることをにおわせています。

これは、読み本系と語り本系で記事が大きく異なる頼朝挙兵譚においても感じられることです。(普通、読み本系では頼朝挙兵譚は大幅に削除されています)この書は読み本系にもかかわらず、この部分は大幅に削除されており、語り本系に近い構成となっているのです。口述筆写の後に増補されていったものと思われます。

その増補部分ですが、かなり独自の展開をみせているものが多いのですが、故事を引いている部分に関しては、かなり出鱈目な架空のことを書き連ねていたりします。誤写も多く、京都近辺の地名や人名にも誤写が目立つことから、あまり正確な知識を持ち合わせていない地方人が製作に関与していたとみられています。

また、仮名であったものをわざわざ真名にしてあることから、同じようにして真名で強引に直された真名本『曾我物語』や『神道集』と同じ位相にあったともいわれております。

●入手の仕方

今は亡き有精堂から原文を読み下したものが出ておりまして、倒産の際にゾッキ本と言って流出したのが古本屋でたたき値で売られていました。今のところ比較的安く買えるのですが、次第に値が上がることが予想されますので、ほしい人は今のうちに買うのが賢明かもしれません。ちなみに私は6千円台で買うことができました。

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