後白河法皇 (後白河法皇)

【呼称】
後白河法皇 [ごしらかわほうおう] (巻一・吾身栄花)
後白河の法皇 [ごしらかわのほうおう] (巻一・祇王)
上皇 [じょうこう] (巻一・二代后)2例
院 [いん] (巻一・二代后)(巻一・鹿谷)(巻二・西光被斬)
一院 [いちいん] (巻一・清水寺炎上)5例(巻一・東宮立)(巻一・殿下乗合)
御前 [ごぜん] (巻一・清水寺炎上)2例
法皇 [ほうおう] (巻一・殿下乗合)(巻一・鹿谷)3例(巻二・座主流)5例(巻二・西光被斬)2例
君 [きみ] (巻二・西光被斬)2例
【二人称】
君(巻二・西光被斬)平 清盛から

【三人称】
一院(巻一・清水寺炎上)平 清盛から
法皇(巻二・座主流)藤原 長方から(巻二・西光被斬)平 清盛藤原 成親から

【登場場面】
巻一・吾身栄花
平 清盛七女を女御として迎え入れた。

巻一・祇王
長講堂の主として紹介

巻一・二代后
二条天皇と仲たがいをし、互いの近臣を処罰しあった。


巻一・清水寺炎上
延暦寺大衆の清水寺への復讐を後白河法皇が延暦寺を扇動して平家を追討する、と勘違いして騒いだ平 清盛に驚いて急いで六波羅に向かう。

巻一・東宮立
親王の宣旨を受けた皇子(高倉天皇)の父として紹介される。

巻一・殿下乗合
嘉応元年7月16日、出家。
朝敵平定に対する、平家の論功行賞が、昔の平 貞盛藤原 秀郷源 頼義源 義家に比べて過分であると感じていた。

巻一・鹿谷
嘉応2年正月13日、朝覲の儀として高倉天皇を迎え、また、建礼門院を養子に迎えた。
鹿谷での藤原 成親俊寛西光平 康頼らの反平家の宴に臨幸、平氏に見立てた瓶子が倒れたのに満悦する。


巻二・座主流
藤原 師高が比叡山と起こした事件について、その親の西光の訴えによって激怒。天台座主明雲大僧正の処罰に追い込む。


巻二・西光被斬
大衆が前座主明雲を取り返すことを聞いてますます不快に思った。
多田 行綱によって平 清盛反抗勢力の一人として密告される。
平 清盛の命を受けた平 信業から、反平家の陰謀が露見したことを告げられ、呆然となる。


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