信西(藤原 通憲) (しんぜい(ふじわらの みちのり))

【呼称】
少納言入道信西 [しょうなごんにゅうどうしんぜい](巻一・鹿谷)(巻一・俊寛沙汰 鵜川軍)(巻二・小教訓)
信西 [しんぜい](巻一・俊寛沙汰 鵜川軍)(巻二・小教訓)

【登場場面】
巻一・鹿谷
浄憲法印の親として紹介。

巻一・俊寛沙汰 鵜川軍
藤原 師光成景の主人として紹介される。
巻二・小教訓
平 重盛による藤原 成親の弁護の中で、死罪を復活し、藤原 頼長の死骸を掘り起こした極刑をした者として非難の対象となり、結局は平治の乱で首を刎ねられたと紹介される。


藤原 武智麻呂(南家)の子孫。藤原 実兼の子。
藤原 成範浄憲法印澄憲法印の父。


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