平 清盛 (たいらのきよもり)

【呼称】
六波羅の入道太政大臣平朝臣清盛公 [ろくはらのにゅうどうだいじょうだいじんきよもりこう] (巻一・祇園精舎)
清盛 [きよもり](巻一・鱸)2例(巻一・殿下乗合)
清盛公 [きよもりこう](巻一・鱸)(巻一・禿髪)(巻一・清水寺炎上)
入道相国 [にゅうどうしょうこく](巻一・鱸)(巻一・禿髪)2例(巻一・吾身栄花)(巻一・祇王)4例(巻一・東宮立)2例(巻一・殿下乗合)(巻一・鹿谷)3例(巻二・西光被斬)4例(巻二・小教訓)2例
浄海 [じょうかい](巻一・禿髪)(巻一・祇王)(巻一・殿下乗合)(巻二・西光被斬)
六波羅殿 [ろくはらとの](巻一・禿髪)(巻一・祇王)
平家太政の入道どの [へいけだいじょうのにゅうどうどの](巻一・祇王)
入道 [にゅうどう](巻一・祇王)10例(巻一・殿下乗合)5例(巻二・西光被斬)6例(巻二・小教訓)7例
入道殿 [にゅうどうどの](巻一・祇王)4例(巻一・殿下乗合)(巻二・西光被斬)
父の卿 [ちちのきょう](巻一・清水寺炎上)2例
父の大納言 [ちちのだいなごん](巻一・清水寺炎上)
相国禅門 [しょうこくぜんもん](巻一・殿下乗合)
太政入道 [だいじょうにゅうどう](巻二・座主流)(巻二・西光被斬)
高平太 [たかへいだ](巻二・西光被斬)

【一人称】
浄海(巻一・祇王)(巻一・殿下乗合)(巻二・西光被斬)

【二人称】
御身(巻一・清水寺炎上)平 重盛から
入道殿(巻二・西光被斬)西光から
御辺(巻二・西光被斬)西光から

【三人称】
入道殿(巻一・祇王)とぢから
清盛(巻一・殿下乗合)後白河法皇から
入道(巻一・殿下乗合)平 重盛から
高平太(巻二・西光被斬)京童から

【登場場面】
巻一・祇園精舎
大悪人清盛の紹介。

巻一・鱸
仁平3年1月15日、父平忠盛の死去に伴い跡を継ぐ。
保元元年7月、保元の乱の功績で安芸守から播磨守に出世。
保元3年、太宰大弐になる。
平治元年12月の平治の乱で藤原信頼を討ち、翌年3月正三位に叙せられてより出世し、太政大臣にまで至る。
熊野参詣時、船に鱸が踊りこみ、吉事としてこれを食した。

巻一・禿髪
平 時忠の親類として紹介。
京中に禿髪を派遣し、平家の悪口を言うものを調べさせた。

巻一・吾身栄花
建礼門院の父親として紹介。

巻一・祇王
白拍子の祇王を寵愛していたが、推参してきたに心を移し、祇王を追放するも、を元気付けるために祇王を呼び、舞を強要させた。

巻一・清水寺炎上
延暦寺大衆の清水寺への復讐を後白河法皇が延暦寺を扇動して平家を追討する、と勘違いして騒いだところ、平 重盛に諌められる。

巻一・東宮立
建春門院の義兄として紹介される。
高倉天皇の外戚となった平 時忠を相談役として重んじる。

巻一・殿下乗合
後白河法皇にその恩賞の過大さを揶揄される。
嘉応2年10月16日、藤原 基房に縛められた平 資盛に対して、21日、腹心の難波 経遠瀬尾 兼康に命じて復讐を敢行した。
巻一・鹿谷
建礼門院平 重盛の登場時にその名が見える。

巻二・座主流
天台座主明雲大僧正の処罰について、怒れる御白河法皇を宥めようと院参したものの、風邪と称され会う事が出来なかった。

巻二・西光被斬
治承元年5月29日、平 盛国つでに多田行綱の密告を聞き、一門を集める。
安倍 資成に命じて、後白河法皇に事の次第を告げ、藤原 成親ら、反平家勢力の捕縛の許可を求める。
藤原 景家平 貞能に、藤原 成親ら、反平家勢力を捕縛させる。

巻二・小教訓
捕縛した藤原 成親に対し、平 貞能西光の自白調書をもってこさせた上で、難波 経遠瀬尾 兼康を使い打擲を加える。
その後やって来た嫡男平 重盛によって説得され、成親の死一等を減じる。

平 忠盛の嫡男


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