平 重盛 (たいらのしげもり)
【呼称】
おとど [おとど] (巻二・小教訓)
重盛 [しげもり] (巻一・吾身栄花)(巻一・清水寺炎上)(巻一・殿下乗合)(巻二・小教訓)3例
小松殿 [こまつどの] (巻一・清水寺炎上)(巻一・殿下乗合)3例(巻一・鹿谷)3例(巻一・俊寛沙汰 鵜川軍)(巻一・御輿振)(巻一・内裏炎上)(巻二・小教訓)3例
重盛卿 [しげもりきょう] (巻一・清水寺炎上)4例(巻一・殿下乗合)
大将 [たいしょう] (巻一・殿下乗合)
小松の内大臣の左大将重盛公 [こまつのないだいじんのさだいしょうしげもりこう] (巻一・御輿振)
小松のおとど [こまつのおとど] (巻一・内裏炎上)(巻二・小教訓)
内府 [だいふ] (巻二・小教訓)2例
【一人称】
重盛(巻一・清水寺炎上)(巻一・殿下乗合)(巻二・小教訓)3例
【二人称】
重盛卿(巻一・清水寺炎上)平 清盛から
内府(巻二・小教訓)2例平 清盛から
【三人称】
小松殿(巻一・御輿振)源 頼政から(巻二・小教訓)難波 経遠と瀬尾 兼康藤原 成親から
【登場場面】
巻一・吾身栄花
平 清盛の嫡子として内大臣・左大臣に就任していた。
巻一・清水寺炎上
延暦寺大衆の清水寺への復讐を後白河法皇が延暦寺を扇動して平家を追討する、と勘違いして騒いだ平 清盛を諌める。
急いで六波羅に向かった後白河法皇が帰る際に一人警護の役についた。
巻一・殿下乗合
嘉応2年10月16日、藤原 基房に縛められた平 資盛を戒め、様子を聞いて復讐をしようとした平 清盛を諌めた。
嘉応2年10月21日、藤原 基房への復讐に憤激し、関った侍を勘当し、平 資盛を伊勢に流す。
巻一・鹿谷
藤原 師長の左大将辞職による後任争いで、藤原 実定・藤原 兼雅・藤原 成親を押しのけて左大将になった。
平治の乱の際、藤原 信頼方につき、血縁関係にあった藤原 成親を助けた。
巻一・俊寛沙汰 鵜川軍
安元3年3月5日、藤原 師長の後を継ぎ、藤原(吉田)定房をさしおいて内大臣に就任する。
巻一・御輿振
安元3年4月13日、比叡山の大衆が御輿を振って内裏へ強訴に及ぶのに対し、命を受けて三千騎で東の門を固める。
巻一・内裏炎上
大衆が再度強訴に及ぶとの噂が立ったので、後白河院の住居、法住寺殿の元に向かう。
比叡山大衆の強訴の結果、神輿を射た彼の侍藤原 正純以下六人が処罰された。
巻二・小教訓
平 清盛が、捕縛した藤原 成親に対し、保元の乱で重盛の宥めで罪を減ぜられたと指摘。また成親の打擲の際、難波 経遠と瀬尾 兼康が、清盛に、縁戚である重盛の意向を聞く。
嫡男平 維盛と共に清盛の許に軽装で行き、成親の罪を減じるように清盛を説得する。
平 清盛の嫡男。
戻る