大職冠(たいしょかん)
宝珠を巡る竜と人間との奪い合いと、藤原氏北家繁栄のものがたり

【大職冠の言われと繁栄】
@春日の言われと、氏子が藤原氏であることの紹介がなされる。
A大職冠が鎌足、もしくは不比等(本作品では同一視されている)であることを述べ、鎌で逆臣入鹿を討ったことが述べられる。
B大職冠、春日社に参篭し、興福寺金堂建立の願を立て、成就させる。
C建立の果報により、国中大職冠になびかぬものなかった。

【大職冠の娘、唐帝の后と なる】
Dまた、大職冠の二人の娘、長女光明子は聖武天皇の后になり、次女「こうはく女」は大変な美女であった。
Eその噂は日本だけに留まらず、大唐七御門の総王、大宗皇帝にも聞こえあり、重臣たちと詮議の結果、綸言として迎えとることを「うんか」という兵士に勅旨 にたて、日本に送る。
F「うんか」は奈良に着き、親書を送るが、大職冠、異国の帝の臣下となるとして、一度辞退する。
G二度目の対面の結果、聖武天皇は親書に印を押し、吉日を選び、船を整える。
H勅使に橘の朝臣、右大臣「ほうけん」をたて、后が乗船する龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)の豪華さをはじめ、大船三百隻、侍女三百人、慰め舞をするため の稚児百人を乗せる。
I船が難波津に着くと、大職冠は異国に対する日本の威光を示すため、山海の珍菓を山積みし、五千人の人々をもてなした。大職冠の果報は素晴らしいもので あった。
J四月に出港した一行は、ほどなく明州の港につき、皇帝は迎えの一行を送る。
K唐の国情が詳述されたのち、后は貧困や病苦を逃れさせる力をもち、生存中、民衆のかまども豊かであった。

【竜たちとの玉取り合戦】
L后、興福寺の釈迦仏建立の願を立て、赤栴檀で五寸の釈迦仏を作らせ、肉色の舎利を中心に納めた八寸四方の水晶塔「無碍宝珠」を興福寺の釈迦仏の眉間には める重宝とし、日本に送ることにした。
M宝物守護として、雲州の万戸将軍運宗が選ばれ、軍兵三百人と共に、日本に向かう。
N海底にすむ竜王たちは、玉が日本に渡ることを神通力で知り、自分たちの運命である五衰三熱を何とかするために、仏を奪おうと、波風を荒げるが、仏法守護 の夜叉たちにより、まったく効き目がなかった。
O竜王は力ずくで玉を奪うために、阿修羅に頼み、その大将摩醯首羅(まけいしゅら)は、唐と日本との境、ちくらが沖に陣をとって、待ち構える。
Pちくらが沖にて両者は衝突、運宗は仏力が込められた装備に身を固め、太鼓で調子をとって引いたり攻めたりして、史上最大の激戦となる。
Q運宗は部下三百人と共に馬に「浮き靴」を履かせる。浮き靴を履いた騎兵は海上を駆け、観音への祈誓をして、遂に勝利をする。

【竜女に謀られ、玉を奪わ れる】
R敗戦を知った竜王たち、難陀竜王の案で、竜王の乙姫「こひさい女」をうつぼ舟に乗せて、美女で謀る作戦を実行、船は流れ流れて讃岐国房崎の沖を通り過ぎ る。
S運宗一行がこの船をみつけ、中から出てきた竜女「こひさい女」に不安を思った運宗は沈めてしまおうとするが、竜女の媚にあって、命を助け、同船させてし まう。
21媚を売る竜女に運宗はだまされ、水晶の玉を奪われてしまう。

【命を賭した海女により、 玉は奪い返される】
22大職冠に水晶の玉が失せていることを指摘された運宗は、事情を説明し、大職冠、現場である讃岐国房崎に同行する。
23大職冠、房崎にて捜索する間、海女の家に留まっていたが、三年の間このようなことをしている間、夫婦の契りを結び、若君が誕生する。
24身分の差を知った海女は、命に代えても玉を探し出すことを決意し、竜宮界に潜っていく。
25七日後、上がってきた海女は、竜宮界の様子を詳述し、玉が厳重に守られていることを報告する。
26大職冠は竜たちを謀るために、彼らの苦しみを抜く舞と管絃を実行し、その隙に海女が玉を奪う策を提示する。
27危険な計画に海女は自分の亡き後の子供の行く末を大職冠に頼む。大職冠は若君を房崎の大臣となのらせ、藤原氏の棟梁とすることを約束し、海女は安堵す る。
28計画は実行され、竜王をはじめ、竜たちが現れる。竜達が舞楽に見とれている間に、海女は竜宮に忍び込み、玉を取るが、警備の小竜に見つかり、追い立て られ、刀を以って防戦するが、身を食いちぎられ絶命する。
29これを見た大職冠も狐から貰った鎌で助けに行こうとするが、臣下に留められる。
29海女の胸の傷の中から玉が出てきた。海女は刀で自害し、その中に玉を隠していたのだ。これを知った大職冠をはじめ一行は嘆き悲しむ。

【玉、興福寺釈迦仏に安置 され、重宝となる】
30善行と方便により取り戻された玉は興福寺の本尊の釈迦仏の眉間にはめられ、無価宝珠と名づけられ、三国一の重宝となったのである。


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