問
正月に弓を射るのはどういうわけなのでしょうか
答
昔、射礼といって、むかしは内裏において弓を射ることがあったのである。孝徳天皇の御治世に、正月に弓を射させるようになった。おおよそ、的は蚩尤の目と名付けてこれを射させなさったのである。仁徳天皇の御治世には高句麗(原文高麗)から鉄の盾と的を献上されたのを、盾人宿禰というものが考えて返したので、高句麗は日本を取ろうという事を留めたのである。正月の五日に射場始という事は昔はあったのである。公卿以下束帯でこれを射るのである。天皇も御弓座にいて、弓矢を席の左右にお立てになる。これは文武の二つの道のうちどちらも欠いてはいけないので、今、天皇も弓場殿に出て武道をお習いになるのである。「世が乱れる時は武を以って治め、世が治まっている時は文を以って治む」という。だから治まっていたとしても射ることを忘れないのである。これによって先ず、年の初めに射ることになった。弓の起源の方はあまりに諸説様々なので、略させていただく。