木丁の玉打つこと(一月)



木丁(ぎっちょう)の玉を打つことは何の喩えなのだ



中国に昔、黄帝という帝がいらっしゃった。黄帝は炎帝の子孫を滅ぼして位に即かれた。その炎帝の臣下に蚩尤(しゆう)
という悪人がいた。[水豕(さんずいに豕)]鹿というところで黄帝に討たれて悪霊になり、疫病の神となり人民を亡ぼした。

そのいわれによって末代に蚩尤の体をずたずたに分けて一つも残さないようにするために、正月には、蚩尤の目のなかの瞳を抜いて木丁の玉として打つことにした。蚩尤の眼を包んでいるものは三重であるから、弓の的には三重の絵を描いて射手はそのなかの瞳を覗くのである。

それのみならず、正月の餅は蚩尤の肉であり、烏頭藻(?)は髭、大根は葉として食べることにした。この他、五節供という事も、蚩尤の体を象ったところがあって、いかにも疫病の神をこらしめ、人に病をもたらさぬようにするまじないごとと聞き及んでいる。





木丁とは毬打のことです。
ホッケーのスティックのようなもので毬を打ち合う遊びで、
主に正月に行われていました。



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