歯固の餅(一月)



同じく元三の日に歯固といってかがみ餅に向かうのはどういうことだ。



人は歯をもって命とするので、歯という文字は「よわい(齢)」とも読む。歯固めに齢を固めようという意図である。餅は近江の火切の里の餅を用いるのがよい。

さて、正月の鏡餅に向かう時には、『古今集』に入っている、

あふみのや 鏡の山は たてたれば かねてそみゆる 君か千年は

という歌を誦しながらするのである。この歌は醍醐天皇の治めし延喜の近江の国より大嘗会の御べ(?)が献上された時、大伴の黒主が読んだ歌である。
『源氏物語』の初音の巻にも、この歌を引いている。

またこの餅は蚩尤の肉と称して食べるという説もある。




鏡餅、原文は「もちゐかゞみ」です。
和歌の「鏡の山」は琵琶湖の南岸、野洲にある鏡山という歌枕に引っ掛けたものです。
鏡餅の名称はここから出ました。
火切の里ですが、火切(火鑽)とは、木の棒を板にあて擦って発火させた火で、
火切りの餅はその火で創ったお祝いの餅の事です。
また、上にある大伴の黒主の歌と並んで素性法師の
万代を 松にぞ君を 祝ひつる 千歳のかげに 住まんと思へば
という歌も唱えながら鏡餅に向かったそうです。
また文中にある『源氏物語』ですが、初音の巻にこのように描かれております。

さぶらふ人々も、わかやかにすぐれたるを、姫君の御方にと選らせ給ひて、
少し大人ぶたるかぎり、中々由々しく、装束・有様よりはじめて、目やすくもつけて、
こゝかしこに群れゐつゝ、歯固めの祝ひして、餅鏡をさへとりよせて、
千歳のかげにしるき、年のうちの祝ひごとゞもして、そぼれあへるに…



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