亥子の日御げんてう事(十月)
問
亥子の日に御げんてう(玄猪・厳重)と言って宮中より餅を民々に分けるというのはどういう訳か。
答
先に見たとおり、亥の子の根源ははっきりと何時からとは言いにくい。
十月の上旬の亥の日内臓寮より餅を供え奉り、御門が朝食に召し上がるということは『年中行事』というものに見える。
今は形だけである。というのは、これを諸臣に分けるためである。御門から万民に至るまでこの餅を食べるのが良いとみえる。
内臓寮が献上する餅の余りを移していまも「御げんてう(玄猪・厳重)」と言って、人々に分け与えられていると思う。
先の亥の子餅の詳しい説明です。ちなみに、西日本では田の神が去っていく日だと信じられたこの日、収穫祭が行われ、子供たちは石に縄をつけたり、縄を固くして束ねたもので地面を打ってまわった「亥の子突き」が行われました。
戻る