相撲



七月に相撲を取るのはいつごろよりの事でありましょうか。


『日本書紀』というものにみえるのはこうである。垂仁七年七月に、当麻の村に勇士がいた。名前を当麻蹶速という。力は角もきっと裂いてしまうほどであった。天皇はこれをお聞きになって、これに当てる人をお尋ねになったところ、出雲国野見宿禰と申すものがいると奏上したので、召し合わせて相撲を御覧になった。野見宿禰が力が勝ったのであろうか。蹶速の腰を打ち砕いてたちどころに踏み殺した。これを相撲のはじめと言うのがよろしいのではないだろうか。





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