御霊まつり



八月に御霊まつりというのがあるのはどういういわれがあるのでしょう。


それは御霊八所の本地を訪ねてみると、祟道天皇・吉備聖霊・伊予親王(祟道天皇の御子)・藤原夫人(伊予親王の母である)・橘大夫(逸勢)・文大夫(文屋宮田丸)・火雷天神、この八つの霊を神としていわったのである。これをいつからまつっていたのかは見えない。きっと託宣があったのであろうか。そうでありながら、年中行事のうちにもみえない。これはひとえに私事として死霊のたたりをなだめようとしてのまつりと思う。

最近も、武士達の霊を神とまつっていつもまつればたたりがとどまるという。新田義興が尊氏将軍のために討たれてその霊が火雷神となったので、神とまつったことと聞いている。このようなことは今の世にも幾らでもあって当然のことである。




祟道天皇とは早良親王のこと。火雷天神は菅原道真のことです。祟りと鎮魂は政権争いの終末儀礼として機能していた装置であるかのようですね。尊氏云々の話も「太平記読み」の存在や、平家の鎮魂としての『平家物語』と併せて考えるともっと膨らんで面白いかも知れませんね。

戻る