八月に放生会の事(八月)
問
八月に放生会(ほうじょうえ)といって、合戦の最中でも休戦するのはなぜか。
答
八幡大菩薩は第十六代の応仁天皇のことである。仲哀天皇の第四皇子で、母は神功皇后である。在位は41年で101歳の生きた。欽明天皇の代に初めて肥後国菱形池に神として現れ、後に宇佐宮にお移りになった。清和天皇のときに石清水にお移りにな<った。その後は石清水に奉幣することになったが、一代に一度は宇佐にも勅使を立てる。
八幡という名は託宣に「発心して、仏教の真実を揺るがさず、八正道を示してこの世に現れて衆生の苦しみを救おうとしたが故に八幡大菩薩と号する」とあったことから八幡大菩薩という。または八方に八色の幡を立てることがある。密教でいう西方阿弥陀の三昧耶形である。そのためであろうか、行教和尚には阿弥陀三尊が現じたのが見えたという。或いは、昔霊鷲山に法華教を説いたとも、大自在王菩薩とも託宣のなかで言われた。
そもそも、放生会というのは、元正天皇の養老4年9月に異国に日本が狙われた時八幡大菩薩の神力で退けたのだが、のちに、合戦で多くの人を殺してしまったので放生会を行うべきだとの託宣があって、毎年諸国にこの行事があるのだ。
放生のありがたいことは最勝王経の長者子流水品にある池魚のことから起きているのではないだろうか。生けるものを放つ誓いはまことにありがたいものだ。
朝早くに、イグサの花を神輿が下る時は行幸の儀式で、音楽も衣服も素晴らしい。また帰ってくる時の有様は、神人や法師に至るまで白い杖をつく。
朝に紅顔で世に誇っていても、夕べには白骨となって郊外に朽ち果てる世の中の有様を示した神慮のほどはありがたいものである。
8月15日に行われる石清水八幡での放生会は有名で、重要な年中行事の一つでした。ちなみに八幡神はいち早く神仏習合が行われた場所で、八幡大菩薩として崇められたことは有名ですね。石清水八幡は鬼門(東北)を守る比叡山に対して裏鬼門(南西)を守る寺社でした。なお、お立ち寄りの際は先達をお連れしないといけません。放生会は仏教圏で広く行われているらしく、金魚を放つ中国の行事は皆さんもご存知かと思います。日本でも、北九州の箱崎宮とかで行われているみたいですよ。
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